へんろ道に咲く花1輪・・・そんな花になりたい・・・
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はなへんろ
先月見始めた韓国ドラマローズマリー。とても日本のドラマでは見ることの出来ない感動ドラマでしたが、平穏な日々を送っていたまおと同じ位の歳の主婦が突然ガンを宣告され、死に至るというストーリーは、ただでさえ病気もちのまおに耐えざる恐怖心を与えてくれました。
いま、そこから始まった神経症に連日悩まれています。症状は日に日にひどくなり、とりあえず表面上だけでも明るくと、今日も教室に行って、先日、心筋梗塞の疑いで入院されていた生徒さんに、「GWいかがでした?」とできるだけ明るく尋ねたら、「今度は主人が脳梗塞のようで。」と。
今日もまおは青い顔をして教室を後にしました。そして今夜も怖い夜がやってきました。ローズマリーの音楽は、さすがに韓国らしく賛美歌のような美しい旋律なのですが、この音楽がエンドレスで鳴り続けるのです。毎夜これではさすがにたまりません。
花教室でご飯を食べるまおにとって繊細さは不可欠です。というかそれがウリです。ですがこれは両刃の剣で、普通の人が平気な話でもとんでもない情報に変えてしまい、自身を苦しめてしまいます。
ある方から鈍感力の話を聞きました。以前渡辺淳一氏が話してこの鈍感力は、本になって売られているそうですが、繊細さを少し失ってもいいので、本当にこの鈍感力が欲しいまおです。
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→ことばの聖性
あらゆる宗教はことばに聖なる意義を見出す。→真言=聖なることば
・ マントラ=真言→ヴェーダの宗教以来のインドの宗教文化に通ずる重要な要因、インド特有な言語感を形成。
梵(ブラフマン)=ことばの霊力を宇宙の根源的な内在力とする
婆羅門(バラモン)=霊力を操ることに習熟した司祭者の階級
言葉に対する学的検討→釈尊以前にサンスクリット語学を確立。
ヴェーダの祭文、マントラの修法=婆羅門により職業的に占有、組織化
→他の宗教伝統にあっても様々なマントラの呪術的修法が習俗として定着。
・ 象徴的言語
ことばへの信仰→言語哲学に展開。聖なることばへの宗教的関心がインドの文化的特性。→聖なることばの象徴体系は、真言密教の顕著な特質。→梵字。←真言密教の宇宙観を示す。
→曼荼羅の宇宙観と文化
密教の儀礼や思想→いかなる宗教よりもインド的。
① 瞑想法による心の鎮静と昂揚のヨーガ的修法
② インド舞踊に見られる印契の身体的表現
③ サンスクリット語で唱えられる秘教的呪文
・ インドの宗教文化と密教
真言密教の成立と関係すること
① 七世紀のタントリズムの興隆
② 汎インド的な秘教的儀礼を中心とする社会的状況
③ 仏教の大きな思想的潮流
※ 両部の大教(大日教・初会の金剛頂教)→思想的に極めて完成された仏教であり、
汎インド的思潮の中に抜きん出た優れた理論体系をもつ。→密教の中心となる教理
→曼荼羅の理念がある
・ 密教の特質
実践面に重要な意味を持つ→文献だけでは×
→文字化されない実践の実際と具体的儀礼のなかに最も密教としての特質を持つ。
→具体的な図像表現、儀礼、行法などことばの翻訳では伝えられないところに密教研究の難しさがあり、反面優れた特質。
・ 密教文化=曼荼羅の文化→日本における真言密教
密教文化と称しうる人々の多様な営みの輝き一つ一つが大いなる曼荼羅的宇宙を形成。
∴その営みが具体的に表現されると曼荼羅に。=真言密教の母型。
真言密教→日本の習俗(神仏習合=山岳信仰、大師信仰、修験道、祖先崇拝、巡礼など)をすべて統合化して展開。
密教→仏教内の理論だけでなく、宗教一般に関わる多くの要因が統合化されたもの。
真言密教→インドで七世紀頃完成された、仏教の総合化、統合化された宗教形態を、更に中国仏教の伝統の上に理論化され、日本で華開いたもの。
→密教の伝播と定着化
インド大乗仏教の密教的傾向+タントラ的色彩=チベットへ伝播→ラマ教→中国へ。
(日本には明治以降紹介→唐の時代日本独自の仏教を展開しながら中国仏教を導入)
後期密教→近代のチベット学の成果や、解放後のチベットへのフィールドワークを中心と
する研究の深まりによって進歩。←近代仏教学の領域
密教研究→その根源にある核心を、タントラ、チベット仏教という語で示されるような
特異な表層の多様性の中に探る、洞察すべき→伝統的教理学の復興が焦眉
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→原初の記憶
火・水→人間にとって一番大切な身近な存在←太古の人々は神聖なものとする感覚を持つ。
↓ ↓
いのちの根源 生活に密着した宗教としてその智慧を伝える。
現代人→大切な意識はないが、感覚は持つ→宗教儀礼時の炎の輝き、水の透明さを神秘的
∴密教→具体的儀礼を通じていのちの根源に関わる感性に直接的にうったえる。
→宗教の普遍性と密教
密教の特色となる具体的な宗教儀礼(護摩・灌頂)に現れる宗教性→極めてインド的且原初の人間の宗教性に直接触れるもの。
※ インドの宗教精神=汎世界的な宗教形態のるつぼ
∴真言密教が日本の宗教の中で最もインドの文化に近く、汎宗教的=最も普遍的宗教
キリスト教的宗教感→仏教の理知的な哲学を評価する反面、その背景となる東洋人の宗教的感性や儀礼には興味をもたない。むしろ呪術的な宗教習俗を切り捨てる。
密教→切り捨てられた根源的な宗教的感性を、仏教思想の中に復活させる。
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1.密教とは何か。
→最も密教らしい護摩と灌頂という具体的儀礼を考察
・ 護摩→聖なる空間を設けて、諸々の尊格に火の神アグニを通じて供物をお供えする儀式。
→儀礼の根源はヴェーダ(BC1000~500)の儀礼にさかのぼる。密教では胎蔵曼荼羅の一番外側の隅の東南の角におられるこの神をお招きして護摩供養を開始。
※ 火→宗教の源。アグニ神はインド定住以前のアーリア人の火の信仰に遡る。
※ アグニ神ははラテン語では火の神イグニス(→イグニッションキー=点火鍵)
→東ヨーロッパに住んでいたインドヨーロッパ語族と源は一緒。
→放牧をしながら南下、①古代ペルシャと②西北インドにそれぞれ宗教を築く。
↓ ↓
ゾロアスター教(拝火教) ヴェーダの宗教
光の神 = 遍照
∴牧畜民の火は、命の営みの最も貴重な手立て→火を信仰、儀礼発生→密教の護摩供養へ。
・灌頂→ヴェーダの時代が端緒。本来帝王の即位式の時に四大海(須弥山(しゆみせん)の四方にあるといわれる大海)の海水を集め、それを頭上に注ぐ儀式。水の観念と密接に関連。
※ 華厳教→菩薩が仏になる直前の最終段階で灌頂。
※ インド一般の宗教儀礼全般→ジャイナ教(数年に一度大灌頂)、仏教(→密教)
※ キリスト教の洗礼→イニシエーョン(入会式)意味合いが強い=密教の灌頂儀礼
※ 水による浄化。儀礼の場を浄化する。
→いのちの認識
密教の淵源はインドの文明の夜明け以前の、人々のいのちの営みに遡り、今もそこへ直接接続する。→現代人が忘れがちな根源的なものを直に認識できる方法を持つ。
・ 火と水の祭式と命の循環
インド思想の特色→輪廻、業という観念。ヴェーダにはなく、初期のウパニシャッドの時代に成立。
① 水→水の循環(地上の水→蒸発→雨→地上の水)が生き物の生と死の繰りかえし。
② 火→(宇宙に普く遍在する火という観念)+(天体の運行、神々の世界、自然現象、人間の営みというそれぞれの運行、行為を祭式とみなす祭式至上主義の観念)=そのいずれの段階も、祭式の火に供物の水が注がれる祭式の解釈学から説明される。
∴火と水の連合から、東洋思想を覆う、輪廻の世界観が整えられる。
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・では三業を三密にするには・・・。
① 手に大日如来のように印契を結び(印を結ぶ)
→手で仏の働きを表して身密。
② 口に真言を唱え(オンアビラウンケン バサラサトバン)
→口業が口密に。
③ 心に本尊を念じる
→心で仏の姿を思い描く、曼荼羅を見て心を仏で満たし、意業に。
入我我入→煩悩多い身でありながら即座に仏になる。=仏が自分に入り自分が仏に入る。
即身成仏=生きたまま仏になること。
こうなると仏の力が加わり、仏の力を持つから三密加持。
但し条件がある。→仏の太陽を保つ用意が必要です。
「仏の太陽が我々の心の池に姿を映すのを加といい、我々が心の池に映った太陽を大切に保っていくのを持という。」
・三密加持によって宇宙の大生命と一体になれば、不思議な現象も起きる。→三力加持。
① 加被力→仏から願う力で人間の内にある仏性という宇宙エネルギーを解放すること。
② 功徳力→我々が救われたいと自分の仏性を解放したいと祈る力
③ 法界力→宇宙に遍満するエネルギー。
この3つが合体して大きなエネルギーとなりあらゆる困難を打開する。
※ 加持祈祷→僧侶に具体的な要望を述べ護摩を焚いてもらう。←現世利益を願う。
(但し本当の現世利益→自分が仏になり仏のまま行い生きていくこと。)
○「密教」とは具体的に何を意味する言葉か。→「密教」という語が内包する意味を、関連するいくつかの語を探し出してみる。
・代表的な密教のイメージ
①護摩の火(不動明王の前で焚かれる)
②曼荼羅
③真言の響き
④壮麗、厳粛な儀式の場
→不思議な神秘感に見舞われる
→密教が直接秘密の門を開いているのに秘密をそのままに・・・
よって密教は、もっとも深奥の秘密が五感(視・聴・嗅(きゅう)・味・触の五つの感覚。)を通じて捉えられる方法、宇宙全体が具体的な自らの身体を通じて顕れ出す教え。