忍者ブログ
へんろ道に咲く花1輪・・・そんな花になりたい・・・
Category :
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Category :
3日目も晴天の内にスタートしました。先ず目指すのは屋島寺で、高松市内からもその不気味な台形の姿が見えています。瀬戸大橋道路と名づけられた道路は通勤通学タイムと重なり、まおと逆方向にみんな大急ぎで歩いたり走ったり。そんななか、屋島はどんどんその不気味な姿を近づけてきまして、山にぶち当たったところからまたも登山開始です。
 
この登山道は整備されていて昨日ほどきつくはないものの、昨日オーバーワークだったため、昨日よりもしんどい。地元の中高年層は、ここの登山を日課しているようで、次々と、そして楽々とまおを追い越して登って行きます。かなり麓でまおを追い越した女性が早くも、下りにかかるのをみて、もうそろそろだなと、思って上っていくと、無事に到着。中門も持つ、広いお寺でした。ここはかつて大学時代に友人とケーブルで登り、海にむかってせんべいを投げ合った記憶があるのでその記憶をたよりに茶店を何軒か遣り越すと、高松市街と瀬戸内海を一望できる展望所にでました。高松駅前のサンポートが相当遠くに見えます。毎日思うのですが、よくもまあ、これだけ歩けるものです。
 
引き続いて、今度は八栗山の中腹にある八栗寺を目指します。せっかく登った山をまたしても下りて、再び登らないといけません。遍路道の案内があったのでそこヘ向かうと、これまたひどいケモノ道が現れました。おまけに今日は、スズメバチの巣ありの文字が・・・。これも難儀な目に遭いながら無事に下山。こんどは今おりた屋島を背に、向かいにそびえる八栗山を目指します。この山は石の産地と見えて、見るも無残な山容を見せており、屋島とは別の意味で不気味。ここの登りにかかる途中で、古い屋敷を改造した有名なうどん屋さんをみつけ、ここで今日は昼食です。相当有名な店と見えて、平日でしたが、満員の盛況ぶり。ここで、お茶を接待してもらい、山のぼり再開です。ただし、ここの山は、現在もケーブルが動いており、今日夕方、知人宅へよる時間も考えて、ここはこの文明の利器の力を借りることに。
 
八栗寺は、同じ山でも向かいの屋島とは違って、昨日の白峰寺に近い山の中の寺の雰囲気が漂っていました。洞窟みたいなのもありましたし。そして下りは自力で21パーミルの急勾配を車道ということもあってスム-ズに下山し、知人宅が海沿いだと聞いていたので湾に沿って歩きましたが、途中で道がなくなるハプニングに。ここはひとつ、これこそお遍路の原点とばかりに、堤防を乗り越え、海に入りました。後で知人から聞いた話しですが、まおがこの海を通過した2時ごろは丁度引き潮にあたっており、それで浅瀬は潮が引いていたため、まおは無事に海を通過できたそうで・・・。もう一度堤防を乗り越え何事もなかったかのように歩きつづけ、無事、86番志度寺近くの知人宅に到着。
ここで一呼吸おいて、目指すははもう目と鼻の先の志度寺。ここは海洋信仰から札所になったお寺で、寺の裏からは、今日上り下りした屋島と八栗山がはるか向こうに並んでそびえているのが見えました。ここでそのはるかなな山を見ながら考えました。正直よくもまあ、歩き通したものと。
 
今日はここで終了し、後から追いかけてきた知人と晩御飯をして、高松に戻りました。
明日はいよいよ最終日です!
巡拝数 4ヵ寺
総歩行距離 17キロ
PR
Category :
2日目は初日より1時間遅くスタート。一旦電車で国分寺まで戻り、そこから本日の遍路開始です。昨日31キロ歩いて足の疲れが心配されましたが、さしたる異常も無く、先ずは駅から歩いて2,3分で80番国分寺に着き巡拝しました。
 
そこから次の白峰寺までが、中途に遍路転がしと呼ばれる急坂を含む、遍路まおにとって初の山道となります。先ずは、山に沿って麓を歩きますが、山に向かって左折する案内が出ておらず、近くにいた地元の人に尋ねて、先へ進みます。山に近づくに連れて、だんだん坂がきつくなり、これ以上進むと山とぶつかるというところで舗装道路は終了し、ケモノ道のような道になり、勾配は更にきつくなりました。随所にマムシに注意の掲示が現れ、1歩1歩注意して上がります。ここまで杖をつかずにきたまおも、さすがに杖の助けを借りねば登れなくなるほど道は急になり、また山は深くなりこれこそ名高い遍路転がしの坂道だと確信しました。ふと後を振りかえると、小高い山と貯め池がいくつも散在する讃岐平野が一望できました。こんなところまで登った以上、もはやどんなにしんどくとも戻るわけには行きません。あまりの急坂故の苦しさと、マムシへの恐怖感などが入れ混じった疲労感で、へとへとになったころ、上から人が3人下りて、「後、200メートル程だ、頑張れ!」と声をかけてくれました。その言葉に勇気づけられてさらに登ること数分、視界が開けて、白峰寺に向かう車道とぶつかりました。ここからお寺までは更に4キロあるそうで、さすがに舗装道路は楽だと、てくてく歩けます。これをしばらく行くと、道しるべがあり、このまま車道を行くと2.2キロ、分かれてまたケモノ道進むと1.5キロと書いてあります。まおは迷わず、短い距離を選択し、再び森の中を進みます。今度は下り道で、これも上り以上にしんどい。おまけにマムシに似た黒い小枝を踏んでしまい、思わず大声を上げたり、散々苦労した末、森が開け、建物が見えて来ました。白峰寺に着いたのです。
 
くたくたになりながらも、2箇所の巡拝だけはしっかりこなし、山内を辞そうとした時、崇徳上皇御陵の矢印が!そうか!白峰の名前でぴんとこなかったまおがとんでもない馬鹿でした。このお寺こそ、上田秋成の雨月物語、白峰で有名な白峰寺だったのです。ここで、西行が上皇の亡霊と対面したその場所だったのです。お話しはお話しとしても、西行が四国行きを思い立った背景には、崇徳上皇の墓参が大切な要因の一つであり、ここへ、はるばる西行がやってきたことには間違いありません。そんな西行も辿ったであろう山道をまおも自力で這いあがったことや、お話しのことやなんやかんやで感極まり、御陵を詣でて涙せずにいられないまおでありました。
 
落ち着いたころを見計らって納経所で朱印をもらい、山門を辞すと、これはまたすごい、仙人のような遍路と出会いました。22回通し打ちをしたと語るこの方は、昨日の職業遍路とは違い、かなり人間の出来た方で、マメの処理から、次の根来寺までの道のりなど色々と教えてもらいまして、さて82番根来寺へ。
ここの道は大半がけもの道で、道なき道を進む行程に、遍路の原点を垣間見ることが出来ました。もともと遍路というのは、こういった道なき道を分け進む行から出発しておりますので。とはいえ、在家のまおにとってこれはあまりにもヘビーな道です。足を踏み外し、滑落するような目にも遭いました。しかし、大半は木々の中を進むので、秋風が心地よく、まさに自然との対話をしながら進むところに、感激です。ありがたいことに、1キロごと位に休憩所があるので、それを使いながら進みます。
 
このケモノ道を何度もアップダウンする内に、車道にぶつかり、今度はこの道を進むと、寺まで1.2キロの所で茶店を見つけ、ここで食いはぐれると、次は3時頃まで飲まず食わずなので迷わず昼休憩。少し休むと、また歩く力が出てきます。どうやら歩き遍路のコツがわかってきたようで。
 
着いた!と喜んだ根来寺は山門から本堂まで何段もの階段があり・・・。また面白い本堂の作りで、薄暗く長い通路を通って本堂に向かいます。その本堂からとても上手い読経が聞こえてくるのでどんな遍路達が、思ったら、読経していたのはなんと本職(僧侶)の人達でした。さすがに迫力と威圧感がありました。
 
ここを出ると今度は、今回の遍路で最長距離の、13.6キロ先の83番一宮寺を目指します。先ずは朝から上った山を一旦下りるということから始めます。しばらくは車道を歩きますが、左手には瀬戸が一望でき、よくもまあこんなところまで上がったものと感動するも、逆にこれを下りると思うとぞっとします。だけどこの下り道は面白い。というのも、時折車道をそれて、まさに山を直滑降するケモノ道を行くからです。歩くというよりは転がり落ちるような格好です。殆ど人は歩かないのか、背丈まで草が茂っていたり、自生の吾亦紅を見て感激したり、とにかく下りるのは予想以上に早く、麓まで7キロを2時間を余裕で切る早さで下りきりました。ここから道しるべを見失った為、あっちで人に聞き、こっちで人に尋ねする有様。それでも皆親切に教えて下さいました。こうして親切心に慣れた頃、声をかけてきたおばあさんがいて、暫くその人と話して歩きましたが、途中から相手の話しが怪しくなり、要は異宗教の勧誘でありました。遍路装束のまおによくもまあ、全然異なる宗教の説法をするのには呆れましたが、このくらいでないと、宗教などというものは成り立たないのかも。
 
さっきの下りで少々オーバーペースだったのと、道を間違えて余計な距離を歩いたりした為に、勘を頼りに歩くまおの足に、疲労感が。それと、陽がかなり西に傾き今日のタイムリミットが迫り、焦りが出てきました。けど足が前に進まない。標識があれば、あと何キロとかもわかって安心感もあるのだけど、その標識もない有様で。それでも4時半前、ようやく一宮寺まで300メートルの標識を見つけ、まさに這うようにして寺に入りました。間に合ったのです。われながらよくやったものです。今日の予定はここでおしまい。さすがにここから宿まで5キロを歩くパワーはなく、近くに電車の駅を見つけここから電車で帰りました。とりあえず2日目も無事終了です。
 
本日の巡拝数 4ヵ寺
本日の歩行距離 26キロ(但し登山あり)
 
Category :
夜はなんだかんだありましたが、それでも初日5:45に起きて、6時半には琴平行きの電車に乗っていました。傘がいるかいらないか位の雨が降っていましたが、善通寺の駅に着く頃には完全に止み、予定通り8時には75番札所善通寺に着きました。
 
予習してきた通り、門前で仁王様に一礼してから境内に入り、手を洗い、先ずは本堂に向かいローソクと線香をあげ、最初納札を納め、賽銭をいれ、いよいよ読経に入ります。さすがに最初はなかなか声が出ませんでしたが、次の大師堂では、恥も外見もなぐり捨てて大声で読経し、納経所で新しい朱印帖に朱印を押してもらい、あとはさすがに広い境内を散策しました。かの真魚さまが遊ばれたお寺というだけあって、ものすごく神聖さを感じました。
 
そして善通寺に別れを告げいよいよ歩き遍路開始です。曇空の讃岐路は、暑くもなく涼しくもなく快適に歩みが進みます。田園地帯なのも心が和みます。歩きを楽しんで4キロをわずか45分で歩破して76番金倉寺へ。
 
ここは、こじまんりとした、かわいい(と言ったら怒られる?)お寺でしたそれでも四国霊場にふさわしく本堂と大師堂が配置され、他のお遍路さんたちもおられました。作法通り巡拝を終え77番道隆寺へ。これも5キロほどの道のりで、彼岸花と鶏頭の咲き乱れる田んぼの中を歩きます。
 
77番道隆寺は更にこじんまりとしていましたが、門の外には売店があって、冷たいお茶をごちそうになりました。善通寺から9キロ歩きましたので海も近く、造船所の大きなクレーンが境内から見えました。
 
ここから次の78番郷照寺の7キロは辛かったです。今までの田園地帯を行くのではなく国道沿いの車の数も多いところを歩くので精神的に疲れました。また7キロという道のりも長い。多度津町、丸亀市、宇多津町と三つの市と町を横断し、土岐川を渡る時に、讃岐富士をみて、やっとほのぼのとしたころ、向こうから逆打ちのお遍路さんがやってきて、交換する時に、お互い挨拶を。それから数㍍歩いてふと振り返ると向こうもこっちを振り返ってまた挨拶を!これです!これが人と人との触れ合いなんです!これに勇気付けられ、日差しも出てきたので汗だくになって78番郷照寺へ。寺は丘の上にあり上る階段がまおにとどめを刺してきました。
 
丘の上にあるということは眺めが良く、目の前に瀬戸大橋が一望できました。ここでは、団体遍路に混じって、殆ど声も出さずに一身にお祈りをささげている年寄りのお遍路さんがいたのが印象的でした。さすがに30分の大休止の後79番高照院に向けて出発です。
 
ここも7キロの距離があり、既に16キロを歩いてきているまおの身体に1歩1歩疲労が忍び寄ります。普段なら興味をそそられる古い町並みや商店街もわき目も振らず黙々と歩き、
ラストスパートで今度は坂道が現れ、へとへとになってまさに転がり込むようなかたちでたどり着きました。
 
ここの納経所では、なんと、普段滅多に執務はしないのに、という、同じ大学院の女性の先輩が執務を行っており、あまりの偶然に大騒ぎになり、疲れも一気に吹っ飛びました。2人で、これは真魚さまのお導き以外の何物でもないと語り合い、お接待を受けて、目指す本日のゴール80番国分寺に向けて旅立ちました。
 
最終コースの上、国道というよりむちゃくちゃ通行量の多い酷道を行く行程は、しんどいどころじゃありません。国分寺まで後何キロという表示が無慈悲な文字に思えます。あと2キロのところで商店を見つけそこで一休みしていますと、出ました!職業遍路(いわゆる乞食遍路)が!
 
この職業遍路は、自分と対照的に真新しい白装束のまおがまるで気に入らない様で、あれこれなんくせをつけてきました。
「なんのため遍路やっとるんや」
「南無は何もない、全てを無くすと言う意味があるんや(これは全くの嘘です!南無は帰依するという意味です。この職業遍路は勝手に解釈しているだけです。)。そんなに物持ってどうするんや」
「おれは馬鹿で姉ちゃんは利巧や。馬鹿にならにゃ遍路にはなれん」
「なんで自販機で飲み物を買うんや、水をもろうたらええやないか。何でも銭で解決したらしたらいかん」
まだまだありましたが、くだらないので忘れました。この職業遍路は自称絵描きだそうですが、まおが善通寺から来たと行ったら、間違って反対方向を指指したので、話しにならんとまおは立ち去りました。噂には聞いてましたがこういう人も本当にいるんだと、大層勉強になりました。
 
この職業遍路に出会った所為で時間を取られ、80番国分寺には5時までにたどり着けず、近くの駅で、この日の実習を終えました。駅には、ここで一夜を明かすらしい小汚い遍路が横たわっており、遍路の現状をよく知ることが出来ました。
 
この日の巡拝数→5カ寺
総歩行距離→31キロ
Category :

まおです。怒涛のようなお遍路さんにでかけてからから既に1週間がたちました・・・。やはり苦行だったとみえて、未だに体の代謝機能が狂ったままなおりません。困ったものです。後遺症までは計算に入れてなかったもので・・・。

それでもいろんなお金には代えることの出来ない貴重な経験をしてきました。遍路道中では、日常生活とは縁を切るということだったので、詳しい日誌は書けませんでしたので、ここでしばらくそれを振り返ろうと思います。先ずはアプローチから・・・。

道中も大変でしたが準備も大変でした。まおの場合、学校の実習として行くのですから、事前学習のレポートやら計画書や色んなものを作成して提出しなければなりませんでしたから。おまけにこのレポートが合格して実習許可が出たのが、なんと遍路に行く5日前でしたから、それから大慌てで色んなグッズ類を買い集め、それだけでも大変な金額になり、まおは行く前から青ざめました。お遍路さんの白装束は死に装束でもありますから、まおはほんとに死人のような格好でおうちを後にしたのです。おまけに雨まで降っていました。

だから岡山・瀬戸大橋経由で四国入りする計画を立てていたまおは新幹線をけちって下道で行ったもんだから時間のかかったこと!おまけに中途で緊張感からか、気分が悪くなり、体調最悪での四国入りとなり、その日は、7時半には床に就いたものの、今度は眠・れ・な・い!寝たと思ったら1時間毎に目がさめる有り様で、こんなんで明日大丈夫なの?・・・不安のうちに夜は明け、出かける時刻とあいなったのでありんす。

 

 

Category :
とりあえず予定終了~!最終日は雨になりましたがそれも風情ありで、大けがもなく無事に終わりました。4日間で100キロ近くを歩き通したまおって、やっぱえらい!?今から四国をでます。たくさんの思い出をありがとう!また来ますからね!
カレンダー
02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
プロフィール
HN:
まお(真央)
性別:
非公開
職業:
フラワーデザイナー
趣味:
フラワーデザイン
自己紹介:
ここでは、おへんろ道に咲く1輪のお花になりたいまおが、おへんろとお花のことを想い、綴ります。
ブログ内検索
アクセス解析

Copyright © はなへんろ。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By SweetTime / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]