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へんろ道に咲く花1輪・・・そんな花になりたい・・・
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→ことばの聖性
あらゆる宗教はことばに聖なる意義を見出す。→真言=聖なることば
 
    マントラ=真言→ヴェーダの宗教以来のインドの宗教文化に通ずる重要な要因、インド特有な言語感を形成。
梵(ブラフマン)=ことばの霊力を宇宙の根源的な内在力とする
婆羅門(バラモン)=霊力を操ることに習熟した司祭者の階級
 
言葉に対する学的検討→釈尊以前にサンスクリット語学を確立。
ヴェーダの祭文、マントラの修法=婆羅門により職業的に占有、組織化
→他の宗教伝統にあっても様々なマントラの呪術的修法が習俗として定着。
 
    象徴的言語
ことばへの信仰→言語哲学に展開。聖なることばへの宗教的関心がインドの文化的特性。→聖なることばの象徴体系は、真言密教の顕著な特質。→梵字。←真言密教の宇宙観を示す。
→曼荼羅の宇宙観と文化
密教の儀礼や思想→いかなる宗教よりもインド的。
    瞑想法による心の鎮静と昂揚のヨーガ的修法
    インド舞踊に見られる印契の身体的表現
    サンスクリット語で唱えられる秘教的呪文
 
    インドの宗教文化と密教
真言密教の成立と関係すること
    七世紀のタントリズムの興隆
    汎インド的な秘教的儀礼を中心とする社会的状況
    仏教の大きな思想的潮流
    両部の大教(大日教・初会の金剛頂教)→思想的に極めて完成された仏教であり、
汎インド的思潮の中に抜きん出た優れた理論体系をもつ。→密教の中心となる教理
→曼荼羅の理念がある
 
    密教の特質
実践面に重要な意味を持つ→文献だけでは×
→文字化されない実践の実際と具体的儀礼のなかに最も密教としての特質を持つ。
→具体的な図像表現、儀礼、行法などことばの翻訳では伝えられないところに密教研究の難しさがあり、反面優れた特質。
 
    密教文化=曼荼羅の文化→日本における真言密教
密教文化と称しうる人々の多様な営みの輝き一つ一つが大いなる曼荼羅的宇宙を形成。
∴その営みが具体的に表現されると曼荼羅に。=真言密教の母型。
 
  真言密教→日本の習俗(神仏習合=山岳信仰、大師信仰、修験道、祖先崇拝、巡礼など)をすべて統合化して展開。
 
  密教→仏教内の理論だけでなく、宗教一般に関わる多くの要因が統合化されたもの。
  真言密教→インドで七世紀頃完成された、仏教の総合化、統合化された宗教形態を、更に中国仏教の伝統の上に理論化され、日本で華開いたもの。

→密教の伝播と定着化
 インド大乗仏教の密教的傾向+タントラ的色彩=チベットへ伝播→ラマ教→中国へ。
 (日本には明治以降紹介→唐の時代日本独自の仏教を展開しながら中国仏教を導入)
 後期密教→近代のチベット学の成果や、解放後のチベットへのフィールドワークを中心と
 する研究の深まりによって進歩。←近代仏教学の領域
 密教研究→その根源にある核心を、タントラ、チベット仏教という語で示されるような
 特異な表層の多様性の中に探る、洞察すべき→伝統的教理学の復興が焦眉
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→原初の記憶

火・水→人間にとって一番大切な身近な存在←太古の人々は神聖なものとする感覚を持つ。
 ↓                          ↓
いのちの根源              生活に密着した宗教としてその智慧を伝える。
 
現代人→大切な意識はないが、感覚は持つ→宗教儀礼時の炎の輝き、水の透明さを神秘的
 
∴密教→具体的儀礼を通じていのちの根源に関わる感性に直接的にうったえる。
 
→宗教の普遍性と密教
密教の特色となる具体的な宗教儀礼(護摩・灌頂)に現れる宗教性→極めてインド的且原初の人間の宗教性に直接触れるもの。
     インドの宗教精神=汎世界的な宗教形態のるつぼ
∴真言密教が日本の宗教の中で最もインドの文化に近く、汎宗教的=最も普遍的宗教
 
キリスト教的宗教感→仏教の理知的な哲学を評価する反面、その背景となる東洋人の宗教的感性や儀礼には興味をもたない。むしろ呪術的な宗教習俗を切り捨てる。
 
密教→切り捨てられた根源的な宗教的感性を、仏教思想の中に復活させる。
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・では三業を三密にするには・・・。
     手に大日如来のように印契を結び(印を結ぶ)
→手で仏の働きを表して身密。
     口に真言を唱え(オンアビラウンケン バサラサトバン)
→口業が口密に。
     心に本尊を念じる
→心で仏の姿を思い描く、曼荼羅を見て心を仏で満たし、意業に。
 
入我我入→煩悩多い身でありながら即座に仏になる。=仏が自分に入り自分が仏に入る。
即身成仏=生きたまま仏になること。
 
こうなると仏の力が加わり、仏の力を持つから三密加持。
 
但し条件がある。→仏の太陽を保つ用意が必要です。
「仏の太陽が我々の心の池に姿を映すのを加といい、我々が心の池に映った太陽を大切に保っていくのを持という。」
 
・三密加持によって宇宙の大生命と一体になれば、不思議な現象も起きる。→三力加持。
     加被力→仏から願う力で人間の内にある仏性という宇宙エネルギーを解放すること。
     功徳力→我々が救われたいと自分の仏性を解放したいと祈る力
     法界力→宇宙に遍満するエネルギー。
この3つが合体して大きなエネルギーとなりあらゆる困難を打開する。
     加持祈祷→僧侶に具体的な要望を述べ護摩を焚いてもらう。←現世利益を願う。
(但し本当の現世利益→自分が仏になり仏のまま行い生きていくこと。)
 
○「密教」とは具体的に何を意味する言葉か。→「密教」という語が内包する意味を、関連するいくつかの語を探し出してみる。
・代表的な密教のイメージ
①護摩の火(不動明王の前で焚かれる)
②曼荼羅
③真言の響き
④壮麗、厳粛な儀式の場
→不思議な神秘感に見舞われる
→密教が直接秘密の門を開いているのに秘密をそのままに・・・
よって密教は、もっとも深奥の秘密が五感(視・聴・嗅(きゅう)・味・触の五つの感覚。)を通じて捉えられる方法、宇宙全体が具体的な自らの身体を通じて顕れ出す教え。
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この世の中の全ての存在は宇宙であり、真理。すなわち真理はあらゆる存在、現象、はたらきの中に遍在している。→人は「我」に執着する自分本位の心によってそれをさえぎっている為それを中々悟ることができない。

我を離れた心→「菩提心」をもてば、存在、現象、作用のの本性が明らかになる、その境地に至ったとき、大の文字を加えて説明する。

※西洋哲学は人間と物質を分けてかんがえる。

密教=あらゆる存在は三つの側面から成り立つ。

体大=物質そのもの

相大=物質の姿・形

用大=物質のはたらき・作用

お花で説明すると・・・。

体大→花そのもの。相大→花の色や形。用大→花が咲くこと。

密教ではこの三大をもって真理の遍在する宇宙を説明。

1.六大体大→宇宙の体大(物質そのもの)は6つの本性から成り立つ。
 
先ずは5大。物質面での本性。胎蔵曼荼羅で示す「理」の世界。
 ①地(固体)→安定性、四角で黄色。不生不滅のもの。
 ②水(液体)→下降性、円で白。言語による分別を離れたもの。
 ③火→上昇性、三角で赤。あらゆる垢や塵に無染のもの。
 ④風(気体)→流動性、半月で紫。因果関係も離れ、拘束なきもの。
 ⑤空(空間)→無限性、宝珠形で青。虚空のように限定をうけないもの。
 
この5大だけでは宇宙は存在しません。固体や液体を認める力が必要→識大(精神面)
 ⑥識大→円で無色。金剛界曼荼羅で示す「智」の世界。

これら6大は、バラバラに存在しているのではなく(さまたげなく一如)、お互いに溶け合って混じり合って存在。
( 六大無碍(むげ)にして常に瑜伽なり)
よって六大を本性とする万物は、同等、同性のもの。

この宇宙を人格的に表現すると大日如来となり、花で現せば真華になります。

2.宇宙の形・姿すなわち四曼相大→宇宙の現象(形・姿)の根源的なものを示せば、4種の曼荼羅の現われ方、現し方に尽きる。またその4つは現し方の違いに過ぎず、その帰するところはひとつ。
※曼荼羅→マンダ(本質・真髄)+ラ(所有する)=真実を所有するもの=悟りの世界そのものを意味する言葉。悟りの世界を言葉で説明するのは困難なので図で説明したもの。
 
①大曼荼羅→宇宙の姿を仏の姿で表している(具体的な形で表現)。大日如来が中心となり、周りに諸仏を配置。(色相)胎蔵界(右)と金剛界(左)があります。(両部曼荼羅)

胎蔵界(右)→母体の生産力を現す。大日如来の心。「理」。胎内に宿った命を育み大きく育てる心を表現。
金剛界(左)→無限生産の男性原理。大日如来の頭脳。「智」
→金胎不二といって2つにして1つ、1つにして2つ。(昼と夜で1日、プラスとマイナスで磁石)。2つで1つの宇宙を表現。

②三昧耶曼荼羅→宇宙の姿を仏の持つ、蓮華、刀剣などを金剛の仏具(性格、徳をシンボル的に)で表現。仏の誓いや悟りを表現。(形相)

③法曼荼羅→仏像の代わりに仏それぞれの働きを象徴する真言(真実のを表す言葉)梵字(種子)で表現。種子曼荼羅とも。(名称)

羯磨曼荼羅→今までの3つの曼荼羅は平面的だがこれは立体的に彫刻の仏像として表現。宇宙の動静と万物の運動(羯磨=動き)の全てを仏、菩薩の威儀事業として表現し実践の場を展開。(作用)

①から④に進むに連れて、具象から抽象へ。

このように曼荼羅は真理の遍在する1つの宇宙を4つの角度から表現。四曼不離。

(4種曼荼各々離れず)
仏の世界の現し方は、現われ方は4つあり、それらが表現の根本的なものであるが、どの相(姿)も現われ方、現し方が違うだけ。帰るところは1つ。

3.宇宙の働きの本性である三密用大。

人間には五体(身体の五つの部分。頭・首・胸・手・足)があり、この五体の働きを煎じ詰めれば3つに集約されます。
 ①身体の動き(身)=体を動かす。
 ②言葉(口)=声を発する。
 ③精神の働きとしての心(意)=心を働かせる。

人は身・口・意による行いが自己本位によるものなので=三業(業=はたらき)といいます。このはたらきいかんで罪を作り、我執の奴隷になる。

 ・身業=他をかえりみず自己の欲望充足のためにだけ動く。
 ・口業=他人を騙し自分も騙す。
 ・意業=人を憎み嫌う。

この自我による三業を行によって、大我(みんなが)に転じて、仏の智慧(本性を見極める智慧、すなわち識大で、これによって観察すれば、全ての本性は等しく、六大の内にあり、姿は様々でもそれは現われ方が異なるだけで、本来は一つ、不二であることがわかります。)でなされるものを三密といいます。 

仏の心でなされる行いには分け隔てがなく、常に変らぬ慈しみ(大慈悲)を含んでなされることになります。それこそが宇宙の作用、働きの本質。

(三密加持すれば速疾に顕る)
自らの行い(有相)や心のありようも三密であれば、その相(姿)は顕かに仏である。


三業⇒慈しみのない働きをし働きを受ける。⇒こころ貧しくなる。
三密⇒慈しみのある働きをし働きを受ける。⇒こころ豊かになる。
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仏教を分けると顕教(お釈迦様)と密教(大日如来)に・・・。

密教は秘密の仏教です。

では何が秘密なのか。その秘密は、①大日如来の持つ秘密と、②まお達衆生の持つ秘密の2つに分けられます。(秘密には二義あり。)

①大日如来の秘密は如来秘密といいます。如来という仏だけが熟知していて、人間にはおいそれとわからない秘密だからです。というのは大日如来は内なる悟りを秘めて、その境地を容易に詳らかにされません。だからその境地は容易に覗うことが出来ないからです。

お釈迦様は、言葉を使い、説話や譬えで仏の教えを現された。だけどそれは真理の一面にしか過ぎなかった。というのは言葉という限りのあるものですから。真理の奥の奥を現すのに言葉だけでは無理なのです。それでもお釈迦様は煩悩という魔を打ち負かし、座禅開始21日後、悟りをひらかれます。悟りにいたる道のことを八正道といいます。

八正道→・正見:とらわれの心を捨ててものごとをありのままに正しく見ること。
      ・正思惟:ものごとを正しく考え判断すること。
      ・正語:正しい言葉を話すこと。
      ・正業:正しい行いをすること。
      ・正命:規則正しい生活をすること。
      ・正精進:正しい努力をすること。
      ・正念:正しい思いと目標を持つこと。
      ・正定:心を正しく安定させ常に心を安らかにすること。

経典にはこのような悟ったお釈迦様の言行が書かれてあり、それを土台に真実に至ろうとするのが顕教。だからお釈迦様を間に介して真理を知ろうということになります。

これに対し密教では、直接真理に至ろうと考えます。その方法こそが、自分が仏になること、つまり即心成仏?

②衆生の持つ秘密を衆生秘密といいます。人間は誰でも仏性を持っています。それなのに、その本性を自分の無知や煩悩で覆い隠しわからなくし、本来秘密ではない仏性を自分で秘密にしているからです。→本当はたくさんの人から愛されているのに、孤独だ、と思い込んでいる・・・。


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プロフィール
HN:
まお(真央)
性別:
非公開
職業:
フラワーデザイナー
趣味:
フラワーデザイン
自己紹介:
ここでは、おへんろ道に咲く1輪のお花になりたいまおが、おへんろとお花のことを想い、綴ります。
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